チベスナノート

仙台で物理やってます。更新情報はtwitterをご覧ください。

ベルトランの定理〜地球は宇宙の彼方へと吹き飛ばされないの?〜

先日、サークルの学祭でベルトランの定理についてポスターを書きなさいとお達しが来たので調べましたが、紙面の都合で結構中身を魔改造せざるをえなかったです。勿体ないのでここに原本を置いておきます。物理選択の高校生をイメージして書きました。

 

1,イントロダクション

周知の通り、地球は太陽の重力によってその周りを回転している。だが、ある日突然、地球の軌道が大きく逸れて宇宙の彼方へ吹き飛ばされてしまうことは無いのだろうか?地球は太陽の周りを永遠に回り続けることが出来るのか?これは非常に重要な問いだ。もしかしたら明日突然太陽がなくなって、我々は氷漬けになってしまうかもしれない!

また、ニュートンケプラーの3法則、すなわち惑星の軌道が楕円や閉曲線であるという観測結果を元に重力が逆二乗則に従うという事実を発見したが、これは本当に正しいのだろうか?もしかしたら逆二乗則以外の力であっても円軌道や楕円軌道をとりうるのではないか?

これらの疑問を言い換えれば「中心力が作用する物体はどのような軌道を描くか?また特定の軌道を実現する力にはどのような条件が課されるか?」という問題になる。実はこれに対し、指針を与える定理が存在する。その定理はベルトランの定理と呼ばれ、1873年ジョセフ・ベルトランによって発見された。(実はベルトラン自身は、数学的な事実を示しただけで、現在よく見る形に書き換えられたのはもう少し後になってかららしいが。)

 

 

2,定理の主張

いきなりであるが、ベルトランの定理の主張を与えておこう。定理の主張は次の通りだ。

『任意の有界な軌道が、閉曲線となるような中心力はフック型かケプラー型の引力のみである。』

(定理の証明にはテイラー展開フーリエ級数展開などの知識を用いて面倒なので一旦省略。)まずは、この主張の意味を理解しよう。

「任意の有界な軌道」とは、無限遠まで飛んでいってしまうことがないような全ての軌道ということである。例えば地球から飛び立つロケットは第二宇宙速度を超えれば宇宙の果てへと飛び去ってしまうだろう。今回はそのような軌道は考えない。

「閉曲線」とは、一定時間の後に同じ位置かつ同じ速度ベクトルに戻るような軌道ということである。解析力学風に言うと、位相空間の同一点上に戻ってくる軌道。

「中心力」とは、その大きさが中心からの距離のみに依存し、向きは中心方向を示すような力のことを指すとする。(本当は引力でないといけないことも証明できるが、ほとんど自明。)

そして、「フック型」と「ケプラー型」とは、F=krやF=A/r²のように力の大きさが中心からの距離の1乗、もしくは-2乗に比例する力を指す。

なお、この主張からもわかるように、ベルトランの定理は重力に限った話ではなく、クーロン力のような力でも同様に成り立つ。

以上をまとめて、簡単な形に主張を書き換えると、『ある中心向きの力が作用する物体について考える時、無限遠まで飛んでいくことなく、有限領域でおさまる軌道が必ず閉じるのは、引力が中心からの距離の逆2乗か1乗に比例して強くなるもののみである』となる。

これは個人的な話ですが、私はベルトランの定理の主張を割と長い間、『ケプラー型かフック型以外の中心力の作用の元では、物体は閉軌道を描かない』と勘違いしてました。また友人は『ケプラー型、フック型の中心力の作用の元では物体は必ず閉曲線を描く』と勘違いしていたので、わりとこの定理は主張が捉えにくいのだと思われます。

 

3,その帰結

ベルトランの定理によって、我々は重力の形について決定することが出来る。観測から、多くの惑星は太陽の周りを楕円軌道、すなわち有界な閉曲線を描いていることが分かる。このような軌道が実現する中心力の形は定理からバネ型か逆二乗則に限られるが、バネ型の力は距離が離れるほどその力は大きくなる。これでは、地球は宇宙の果てにある星から凄まじい重力を受けていることになってしまい、不自然そうだ。これにより、万有引力の形は逆二乗則に従うことが示される。

また逆に、重力が逆二乗則であるとあらかじめ確かめられているならば、ベルトランの定理から地球はある日突然宇宙の果てに飛んでいくことは無いとわかる。(もちろん、太陽以外の星や相対論的効果、地球が質点でないために微小なズレは生じる)

我々の住む地球は、一旦のところ心配はなさそうである。

 

 

 

4,証明の概要(おまけ)


ベルトランの定理の証明の概要を与えておこう。

極座標におけるr、θについての運動方程式からtを消去することで、次の軌道方程式を得る。ここで、lは角運動量であり、uは距離r(θ)の逆数である。また、J(r)は力f(r)に依存する関数である。このとき、Jには遠心力も含まれることに注意が必要である。

u''(θ)+u(θ)=J(θ)

J(u)=-m/l²u²f(r)

証明では、Jを円軌道周りに4次までテイラー展開し、その結果得られる方程式の解をさらに3次までのフーリエ余弦級数展開で近似することになる。遠心力と中心力が釣り合う位置において、円軌道は実現される。逆に言えば、適当なエネルギーと角運動量を初期条件として与えることで任意の半径の円軌道は実現しうる。ここからのズレを考えることで、任意の閉曲線について調べあげているわけである。

なお、1次までのテイラー展開ではb²-3(bは有理数)に比例する力とまでしか限定できない。

 

 

5,物理と対称性、LRLベクトル

 

対称性と物理学には深い関係がある。例えばネーターによって発見されたネーターの定理によると、系に連続的な対称性があるとき、保存量が存在する。例えば、時間並進対称性がある(時間の原点をどこにとっても系が変わらないような時)とき、エネルギーが保存する。他にも空間並進対称性からは運動量保存則が、空間回転対称性からは角運動量保存則が、導かれる。

さて、ベルトランの定理の背景には方程式の対称性が潜んでいる。一般の中心力ポテンシャル下の運動では、3次元の空間回転対称性と時間並進対称性が成り立ち、ネーターの定理からエネルギーと角運動量の各成分が保存する。しかしながら、逆二乗則型の中心力の場合のみ、方程式に「数学的な」対称性が生じ、新たな保存量が生まれる。この保存量はラプラス・ルンゲ・レンツベクトル(LRLベクトル)と呼ばれるベクトルであり、近日点の方向が保存することを表している。時間によって近日点の向きが変わらないというのは、物体が周期運動すなわち閉曲線軌道を描くことにほかならない。(双円錐と平面の交わる曲線を描くことが示される。)このように、ベルトランの定理とLRLベクトル、数学的な対称性は互いに関連しあっており、数学と物理学の相性の良さを感じさせる。

余談だが、バネ型の中心力の場合は同じように「数学的な」対称性からデムコフ・フラッドキンテンソルと呼ばれる量が保存することが知られている。

また、LRLベクトルは角運動量ベクトルと4次元球面的な代数を張る。

また、数学的な対称性に限らず、対称性と物理法則というのは密接に関わっており、自然界にはどのような対称性があるのか、またそこからどのような物理法則が得られるのかという問いは現代物理学における重要なテーマとなっている。

(ここで述べた「数学的な対称性」は一般に力学的対称性と呼ばれる)

 

【参考文献】

ゴールドスタイン 古典力学(上)

磯崎 洋 解析力学微分方程式(数学と物理の交差点シリーズ1)

 

数式を使わず、ある程度のざっくりさで教えてくれるものがあればいいのにとは常に思っています。